辞書連想 第十回 「撥鐙法」
はっとうほう 【撥鐙法】
書道で、筆を浅く執り、自由に筆を動かして書く筆法。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
小学1年の時、新聞に顔写真が載った。
書道コンクールで1等を取ったのだ。僕は毛筆のぶっとい太字で「花」と書いた・・。いや、書いた記憶はないのだが新聞に載ってるのだから書いたのだ。
+
小学1年から4年まで書道を習っていたがやめた。だから僕の字はキタナイ。
先生は書道家の母親だった。
その頃は自分の母親が書道の先生だと言うのを隠していた。僕は字が下手だし、比較されるのがいやだったのだ。
その頃は単純に我慢が足りなくて嫌でやめてしまったが、今考えるとその教え方は面白く興味深い。
「墨をたっぷりつけ、白い半紙に筆を下ろし、筆のバネを利用して思い切って線を引く。書き順が正しく、字が半紙内に収まっていれば自由に心のまま書いてよい。」
小学生に対してはこのような教え方をする。いわゆる形の整った字は書かせない。
こうすると、子ども達は頭でっかちの「魚」や、太い線でもくもくとした「雲」を書く。その字は非常に自由で、見ていて飽きない字である。
ある程度のルールを与えて、あとは子どもの感性にまかせる。
僕はこの教え方は実にすばらしいし、面白いと思う。
普通の習字教室では、筆をこの角度で入れ、こうハネれば美しい字が書けるという技術を教えるが、子どもにこんな事を教えるのは全くつまらないと思う。
美しく整った字を書く事ばかりが芸術の魅力ではない。大人の技術を教えて型にはめた字を書かせるより、子どもの頭にあるイメージを字にした方が断然素晴らしいし、子どものためでもあるのだ。
※ちなみにこういう教え方をするのは毛筆だけで、硬筆(えんぴつ)では、形の整った字を教える。
+++++++
「王義之(おうぎし 306〜361)」という書の大家がいる。中国の書道家で、現在の中国や日本の書道の源流になり、空海もその書を学んだ。
「撥鐙法」とは、この「王義之」の書を研究した後世の人々が、筆の入れ方、運び方などの技術をまとめた方法である。簡単に言えば筆を立てて、筆の中心を使って書くというものだが、と言っても「王義之」が実際にそう教えたわけではない。彼の書を見た研究家が、「こうやって書いているんちゃうん?」と想像した方法なので、推測の域を超えない。
もちろんこういった「技術」は必要だが、芸術においてそれ以上に大切なものは「心」や「イメージ」だと考える。「書」は「書」であると同時に、「墨の固まり」であり、「心の固まり」でもあり、ただの「白と黒」でもある。
中国の書は現在、全く面白くない。型にはまったまま抜けきれていないのだ。
対して日本の書道は現在様々な形態に発展していて非常に面白い。
++
小学校の頃、普通の塾で習字を習っているY君が僕に言った。
「○○書道(myhurtの母が所属する書道協会)は子どもは元気な字を書いたらいいという教え方だから、あれじゃ全然綺麗な字を書けない」
その時はそうなのかもしれないと思ったが、今は全くそう思わない。
僕は作り笑いして敬語を使える子どもをすごく気持ち悪いと思う。
書道はその面白さを理解する前に辞めてしまったが、その頃母親に教えられた事は、知らず知らずのうちに僕の身体に染み付いているような気がする。
(おしまい)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「型」は怖い。中国は型から外れる事を恐れている。
しかし、「型」にはまったままも怖いが実は「外れる」事も怖い。
「外れる」以上は結果を残さなければ意味が無いからだ。
日本は「外れた」まま進むべき道を見失っている。
なんか堅くなっちゃいましたが、最近日本が中国の現実に目を向け始めているのはいい兆候だと思います。中国を見ることで日本も見えてくる。
辞書連想とりあえず今回で休憩に入ります。
書道で、筆を浅く執り、自由に筆を動かして書く筆法。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
小学1年の時、新聞に顔写真が載った。
書道コンクールで1等を取ったのだ。僕は毛筆のぶっとい太字で「花」と書いた・・。いや、書いた記憶はないのだが新聞に載ってるのだから書いたのだ。
+
小学1年から4年まで書道を習っていたがやめた。だから僕の字はキタナイ。
先生は書道家の母親だった。
その頃は自分の母親が書道の先生だと言うのを隠していた。僕は字が下手だし、比較されるのがいやだったのだ。
その頃は単純に我慢が足りなくて嫌でやめてしまったが、今考えるとその教え方は面白く興味深い。
「墨をたっぷりつけ、白い半紙に筆を下ろし、筆のバネを利用して思い切って線を引く。書き順が正しく、字が半紙内に収まっていれば自由に心のまま書いてよい。」
小学生に対してはこのような教え方をする。いわゆる形の整った字は書かせない。
こうすると、子ども達は頭でっかちの「魚」や、太い線でもくもくとした「雲」を書く。その字は非常に自由で、見ていて飽きない字である。
ある程度のルールを与えて、あとは子どもの感性にまかせる。
僕はこの教え方は実にすばらしいし、面白いと思う。
普通の習字教室では、筆をこの角度で入れ、こうハネれば美しい字が書けるという技術を教えるが、子どもにこんな事を教えるのは全くつまらないと思う。
美しく整った字を書く事ばかりが芸術の魅力ではない。大人の技術を教えて型にはめた字を書かせるより、子どもの頭にあるイメージを字にした方が断然素晴らしいし、子どものためでもあるのだ。
※ちなみにこういう教え方をするのは毛筆だけで、硬筆(えんぴつ)では、形の整った字を教える。
+++++++
「王義之(おうぎし 306〜361)」という書の大家がいる。中国の書道家で、現在の中国や日本の書道の源流になり、空海もその書を学んだ。
「撥鐙法」とは、この「王義之」の書を研究した後世の人々が、筆の入れ方、運び方などの技術をまとめた方法である。簡単に言えば筆を立てて、筆の中心を使って書くというものだが、と言っても「王義之」が実際にそう教えたわけではない。彼の書を見た研究家が、「こうやって書いているんちゃうん?」と想像した方法なので、推測の域を超えない。
もちろんこういった「技術」は必要だが、芸術においてそれ以上に大切なものは「心」や「イメージ」だと考える。「書」は「書」であると同時に、「墨の固まり」であり、「心の固まり」でもあり、ただの「白と黒」でもある。
中国の書は現在、全く面白くない。型にはまったまま抜けきれていないのだ。
対して日本の書道は現在様々な形態に発展していて非常に面白い。
++
小学校の頃、普通の塾で習字を習っているY君が僕に言った。
「○○書道(myhurtの母が所属する書道協会)は子どもは元気な字を書いたらいいという教え方だから、あれじゃ全然綺麗な字を書けない」
その時はそうなのかもしれないと思ったが、今は全くそう思わない。
僕は作り笑いして敬語を使える子どもをすごく気持ち悪いと思う。
書道はその面白さを理解する前に辞めてしまったが、その頃母親に教えられた事は、知らず知らずのうちに僕の身体に染み付いているような気がする。
(おしまい)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「型」は怖い。中国は型から外れる事を恐れている。
しかし、「型」にはまったままも怖いが実は「外れる」事も怖い。
「外れる」以上は結果を残さなければ意味が無いからだ。
日本は「外れた」まま進むべき道を見失っている。
なんか堅くなっちゃいましたが、最近日本が中国の現実に目を向け始めているのはいい兆候だと思います。中国を見ることで日本も見えてくる。
辞書連想とりあえず今回で休憩に入ります。
- [2005/04/21 15:27]
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辞書連想 第九回 「装束く」
しょうぞく 【装束く】
〔名詞「そうぞく(装束)」を活用させた語〕
(1)装束を着ける。よそおう。
「しなやかなる童の、えならず―・きたるぞ歩み来たる/源氏(夢浮橋)」
(2)支度を調える。飾りつける。
「―・かれたる御琴三つ御笛三つとりいでさせ給ひつ/宇津保(蔵開上)」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今日の部屋は少し違った
いつも迎えてくれる声が聞こえなかった
またかと半分あきらめつつ 奥の部屋へ入る
チノの匂いがした
でもこれは 「少し泣いたあと」の匂い
鉄製の鳥かごの中で暴れたのだろう
美しかった黄色い羽根が部屋中にちらばり
もう飛べないチノがいた
+++
チノに初めて出会った浜
やせこけたチノは 自分の体と変わらないくらいの流木で風をよけていた
少し息が早いのがわかった
僕は
冷たい手をポケットであたため
そっと抱いて家に帰った
だからあの時
僕の手が熱くなっているのはチノのせいだと気づかなかった
++
+
チノはきれいな羽を持っていた
黄色くて でもなぜか落ち着いていて
月に照らされたときは ぼんやり輝いて匂いを放つ
喉が渇いたら ほほを膨らませる
飛びたいときは ずっと僕の目を見る
そんな時は鳴けばいいのに
鳴き方を忘れたから
ずっと目を見る
僕は何かをしてあげるものだと思っていたけど
それは勘違いで
僕はチノを一方的に閉じ込めていたから 僕は一方的に許す方だった
それだけのこと
でもチノは
僕が死にたい時に必ず代わりになろうとする
僕が死にたい時に必ず代わりになろうとする
だから少しでも
僕は知らないふりをしなければいけない
肩が重くなっている事を
気づかれないようにしなければならない
でもまた気づかれてしまった 僕は
僕はどんどん目の色を無くす
僕はどんどん表情を無くす
僕はどんどん探す事をやめる
そしてやっとのところで もう一度という言葉を思い出す
少しチノのためにと思って またこれからという言葉を思い出す
そんな変化さえも気づかれないように
僕が先に死んだら誰も君の面倒を見られないから
そんなへ理屈で納得する
そう
意味なんてそこらじゅうにちらばっているんだ
そう納得して
チノとのことを自分のものにした
+++
++
+
++
+++
亡骸は浜の見える丘に埋めた
ふと海の風が 僕の方に運ばれてきて
やっぱり
チノの匂いがした
でもこれは 「少し笑ったあと」の匂い
僕は
チノの羽と同じ 黄色い花を一緒に埋める
彼女が
その花を身にまとってくれれば・・・・・・
そう思った
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++
さて次。
今日は何の日。3月6日ガーナの独立記念日だそうで。最近「アフリカで寝る」という本を読んでいます。
1957(昭和32)年
ガーナがイギリスから独立し、「アフリカ独立運動の父」と呼ばれたエンクルマが初代大統領となった
1957ページ3段目6行 = 「撥鐙法」
書道用語だそうで。
次のお題・・・「撥鐙法」
〔名詞「そうぞく(装束)」を活用させた語〕
(1)装束を着ける。よそおう。
「しなやかなる童の、えならず―・きたるぞ歩み来たる/源氏(夢浮橋)」
(2)支度を調える。飾りつける。
「―・かれたる御琴三つ御笛三つとりいでさせ給ひつ/宇津保(蔵開上)」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今日の部屋は少し違った
いつも迎えてくれる声が聞こえなかった
またかと半分あきらめつつ 奥の部屋へ入る
チノの匂いがした
でもこれは 「少し泣いたあと」の匂い
鉄製の鳥かごの中で暴れたのだろう
美しかった黄色い羽根が部屋中にちらばり
もう飛べないチノがいた
+++
チノに初めて出会った浜
やせこけたチノは 自分の体と変わらないくらいの流木で風をよけていた
少し息が早いのがわかった
僕は
冷たい手をポケットであたため
そっと抱いて家に帰った
だからあの時
僕の手が熱くなっているのはチノのせいだと気づかなかった
++
+
チノはきれいな羽を持っていた
黄色くて でもなぜか落ち着いていて
月に照らされたときは ぼんやり輝いて匂いを放つ
喉が渇いたら ほほを膨らませる
飛びたいときは ずっと僕の目を見る
そんな時は鳴けばいいのに
鳴き方を忘れたから
ずっと目を見る
僕は何かをしてあげるものだと思っていたけど
それは勘違いで
僕はチノを一方的に閉じ込めていたから 僕は一方的に許す方だった
それだけのこと
でもチノは
僕が死にたい時に必ず代わりになろうとする
僕が死にたい時に必ず代わりになろうとする
だから少しでも
僕は知らないふりをしなければいけない
肩が重くなっている事を
気づかれないようにしなければならない
でもまた気づかれてしまった 僕は
僕はどんどん目の色を無くす
僕はどんどん表情を無くす
僕はどんどん探す事をやめる
そしてやっとのところで もう一度という言葉を思い出す
少しチノのためにと思って またこれからという言葉を思い出す
そんな変化さえも気づかれないように
僕が先に死んだら誰も君の面倒を見られないから
そんなへ理屈で納得する
そう
意味なんてそこらじゅうにちらばっているんだ
そう納得して
チノとのことを自分のものにした
+++
++
+
++
+++
亡骸は浜の見える丘に埋めた
ふと海の風が 僕の方に運ばれてきて
やっぱり
チノの匂いがした
でもこれは 「少し笑ったあと」の匂い
僕は
チノの羽と同じ 黄色い花を一緒に埋める
彼女が
その花を身にまとってくれれば・・・・・・
そう思った
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++
さて次。
今日は何の日。3月6日ガーナの独立記念日だそうで。最近「アフリカで寝る」という本を読んでいます。
1957(昭和32)年
ガーナがイギリスから独立し、「アフリカ独立運動の父」と呼ばれたエンクルマが初代大統領となった
1957ページ3段目6行 = 「撥鐙法」
書道用語だそうで。
次のお題・・・「撥鐙法」
- [2005/03/06 15:26]
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辞書連想 第八回 「地衡風」
ちこうふう 【地衡風】・・・
気圧傾度による力と、地球の自転によるコリオリの力とが釣り合って吹く風。
等圧線に平行に、気圧の低い方を左側に見て吹く。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
家に帰るまでの坂を登っていると、太ったおばさんがすごいスピードで俺の方に駆け下りて来た。
「とーめーてー」
どうやら勢いが着き過ぎて自分で止まることができないようである。
この坂は非常に急な事で有名で、隣のじいさんもよく転がってくる。
じいさんならこちらも止めようがあるが、このおばちゃんはどうにも大物だった。
このままではぶつかって俺も一緒に転がり落ちてしまうに違いなかった。
「止まらぬおばさんパワー」に負けないくらいの勢いで止めてなければ、こっちもやられる。
でも、どうすればいい。俺も走ってスピードをあげればいいのか?
しかし、仕事帰りの俺にこの坂を走って登っていくのは不可能に思えた。それに、あのスピードにかなうわけが無い。
考えあぐんで、ふと傍らを見ると、でっかいイヌの糞が落ちていた。
これだ。
もう考えている暇はない。おばさんはもう目の前だ。
俺は巨大なブツを右手でつかんで、おばさんの方へ目いっぱい差し出した。
おばさんは、俺の存在を肉眼で認めると少し安心した顔になったが、すぐに右手のアヴァンギャルドな物体に気がつくと、さっきよりもヒドイ表情に変わった。
「わー」
おばさんは、なんとかイヌのウンコから逃れようと俺を避けようとした。ウンコパワーの前におばさんも自制したのか、幾分か勢いは弱まったが、もう手遅れだった。
ぶつかる瞬間、俺は渾身の力を込めておばさんを投げ飛ばそうとした。しかし、勢いに負け、俺とおばさんとウンコは絡まりあって、横にあった家の方へ吹っ飛んだ。
+++
気が付くと病院のベッドの上だった。飛んで行くまでの記憶はあるが、そこから先は覚えていない。ぶつかった瞬間にどうやら気絶したようだ。
体が思うように動かないので、ナースコールを呼ぶことにした。
ベッドの脇のスイッチを押す。
すぐにやってきたナースの顔を見て俺はぶったまげた。
どう見ても白人だった。言葉も通じない。
片言の英語でどうにか話をしているうちに、全てが理解できた。
どうやら、俺はあのぶつかった勢いで飛ばされて、海を越えてアメリカまでやってきたらしい・・・。
あれ・・・?何か臭い・・・。
ふと横を見ると、おばさんがウンコまみれで眠っていた。
俺は再び気絶した。
++++
目が覚めた。
ここは・・・病院じゃない。ホテルだ。
・・・思い出した。俺はこのホテルでカンヅメにされていたんだった。
編集者が辞書の単語を使って毎週連載しませんかと提案して来たのが3ヶ月前。
最初は面白そうだと思って乗ったんだが、完全に失敗だった。
締め切りも間に合わず、こんな安ホテルに軟禁され、この2週間毎日、今週のお題「地衡風」について考えていた・・・。
辞書に載っていた「地衡風」についての説明を、もう少し詳しく言うと、こうである。
風というのは、気圧が高いほうから低い方へ吹く。これが「気圧傾度」の力による風。
そして、地球には自転がある。地球が回っていても、俺たちには回っているという実感は無い。
むしろ、空に浮かぶ星たちの方が動いているように見える。
同じように、これを大気の固まりで考えると、風が吹いているかのように見える。この見かけ上の力がコリオリの力。
その気圧傾度の力を打ち消す方向にコリオリの力が働くと、等圧線と同じ方向に風が吹く・・・・。
・・・なんじゃこりゃ。勉強すればするほど頭が痛くなる。
俺も意味がよくわからんのに、こんな説明して読者が喜ぶわけが無い。これについて話を膨らませるにしても、どうすればいいんだ。
ん?そうだ。この現象を、何かに例えて物語にしたらいいんじゃないか?
そういえばさっきの夢、どうも変な夢だと思ったが、まるで今回のお題そのままじゃないか。
気圧傾度をおばさん、コリオリの力を主人公にとして考えると・・・
風は気圧が高いほうから低い方へ吹く → おばさんが坂の上から降りてくる
見かけ上のコリオリの力が働く → 見かけ上のウンコの力が働く
等圧線と同じ方向に風が吹く → 緯度に沿った方向へ飛ばされる
おお!俺って天才!?
緯度に沿った方向、アメリカに飛ばされた事にすればいいじゃないか。病院で目が覚めたりして。
そうかー。夢って意外と役に立つんだなあ。2週間「地衡風」について考えてたせいで、夢に出たのかもしれない。
そういえばその先、どうなるんだっけ。ええと、思い出せない・・・。
なんだったっけ?
あれ・・・?何か臭い・・・。
ふと横を見ると、「気圧傾度」が「コリオリの力」まみれで眠っていた。
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
僕は下ネタは年に一回と決めているのですが、今年の分早速使いました。
コリオリの力、難しい。理科は苦手だ。
たぶん、間違ってるので受験生は本気にしないように。
はい、次。今日は何の日?
1185年2月19日
「屋島の戦い。一ノ谷の戦いで敗れて屋島に逃れた平家を源義經が奇襲。那須与一が船上の扇の的を射落とす」
義経。タイムリーですな。
1185年2月19日 = 1185ページ2段目19行目 = 「装束く」
「装束」じゃなくて、その動詞形らしい。よさげ・・・。
次のお題・・・「装束く」
気圧傾度による力と、地球の自転によるコリオリの力とが釣り合って吹く風。
等圧線に平行に、気圧の低い方を左側に見て吹く。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
家に帰るまでの坂を登っていると、太ったおばさんがすごいスピードで俺の方に駆け下りて来た。
「とーめーてー」
どうやら勢いが着き過ぎて自分で止まることができないようである。
この坂は非常に急な事で有名で、隣のじいさんもよく転がってくる。
じいさんならこちらも止めようがあるが、このおばちゃんはどうにも大物だった。
このままではぶつかって俺も一緒に転がり落ちてしまうに違いなかった。
「止まらぬおばさんパワー」に負けないくらいの勢いで止めてなければ、こっちもやられる。
でも、どうすればいい。俺も走ってスピードをあげればいいのか?
しかし、仕事帰りの俺にこの坂を走って登っていくのは不可能に思えた。それに、あのスピードにかなうわけが無い。
考えあぐんで、ふと傍らを見ると、でっかいイヌの糞が落ちていた。
これだ。
もう考えている暇はない。おばさんはもう目の前だ。
俺は巨大なブツを右手でつかんで、おばさんの方へ目いっぱい差し出した。
おばさんは、俺の存在を肉眼で認めると少し安心した顔になったが、すぐに右手のアヴァンギャルドな物体に気がつくと、さっきよりもヒドイ表情に変わった。
「わー」
おばさんは、なんとかイヌのウンコから逃れようと俺を避けようとした。ウンコパワーの前におばさんも自制したのか、幾分か勢いは弱まったが、もう手遅れだった。
ぶつかる瞬間、俺は渾身の力を込めておばさんを投げ飛ばそうとした。しかし、勢いに負け、俺とおばさんとウンコは絡まりあって、横にあった家の方へ吹っ飛んだ。
+++
気が付くと病院のベッドの上だった。飛んで行くまでの記憶はあるが、そこから先は覚えていない。ぶつかった瞬間にどうやら気絶したようだ。
体が思うように動かないので、ナースコールを呼ぶことにした。
ベッドの脇のスイッチを押す。
すぐにやってきたナースの顔を見て俺はぶったまげた。
どう見ても白人だった。言葉も通じない。
片言の英語でどうにか話をしているうちに、全てが理解できた。
どうやら、俺はあのぶつかった勢いで飛ばされて、海を越えてアメリカまでやってきたらしい・・・。
あれ・・・?何か臭い・・・。
ふと横を見ると、おばさんがウンコまみれで眠っていた。
俺は再び気絶した。
++++
目が覚めた。
ここは・・・病院じゃない。ホテルだ。
・・・思い出した。俺はこのホテルでカンヅメにされていたんだった。
編集者が辞書の単語を使って毎週連載しませんかと提案して来たのが3ヶ月前。
最初は面白そうだと思って乗ったんだが、完全に失敗だった。
締め切りも間に合わず、こんな安ホテルに軟禁され、この2週間毎日、今週のお題「地衡風」について考えていた・・・。
辞書に載っていた「地衡風」についての説明を、もう少し詳しく言うと、こうである。
風というのは、気圧が高いほうから低い方へ吹く。これが「気圧傾度」の力による風。
そして、地球には自転がある。地球が回っていても、俺たちには回っているという実感は無い。
むしろ、空に浮かぶ星たちの方が動いているように見える。
同じように、これを大気の固まりで考えると、風が吹いているかのように見える。この見かけ上の力がコリオリの力。
その気圧傾度の力を打ち消す方向にコリオリの力が働くと、等圧線と同じ方向に風が吹く・・・・。
・・・なんじゃこりゃ。勉強すればするほど頭が痛くなる。
俺も意味がよくわからんのに、こんな説明して読者が喜ぶわけが無い。これについて話を膨らませるにしても、どうすればいいんだ。
ん?そうだ。この現象を、何かに例えて物語にしたらいいんじゃないか?
そういえばさっきの夢、どうも変な夢だと思ったが、まるで今回のお題そのままじゃないか。
気圧傾度をおばさん、コリオリの力を主人公にとして考えると・・・
風は気圧が高いほうから低い方へ吹く → おばさんが坂の上から降りてくる
見かけ上のコリオリの力が働く → 見かけ上のウンコの力が働く
等圧線と同じ方向に風が吹く → 緯度に沿った方向へ飛ばされる
おお!俺って天才!?
緯度に沿った方向、アメリカに飛ばされた事にすればいいじゃないか。病院で目が覚めたりして。
そうかー。夢って意外と役に立つんだなあ。2週間「地衡風」について考えてたせいで、夢に出たのかもしれない。
そういえばその先、どうなるんだっけ。ええと、思い出せない・・・。
なんだったっけ?
あれ・・・?何か臭い・・・。
ふと横を見ると、「気圧傾度」が「コリオリの力」まみれで眠っていた。
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
僕は下ネタは年に一回と決めているのですが、今年の分早速使いました。
コリオリの力、難しい。理科は苦手だ。
たぶん、間違ってるので受験生は本気にしないように。
はい、次。今日は何の日?
1185年2月19日
「屋島の戦い。一ノ谷の戦いで敗れて屋島に逃れた平家を源義經が奇襲。那須与一が船上の扇の的を射落とす」
義経。タイムリーですな。
1185年2月19日 = 1185ページ2段目19行目 = 「装束く」
「装束」じゃなくて、その動詞形らしい。よさげ・・・。
次のお題・・・「装束く」
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辞書連想 第七回 「葉」
は【葉】・・・
維管束植物の基本器官の一。枝や茎につき、主として同化・呼吸作用を行う。多様な変態を示し、機能や形態によって子葉・普通葉・包葉・鱗片(りんぺん)葉・花葉などに分ける。普通葉の形態は種によって異なり、分類上の手がかりとされる。
「―が茂る」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
まったく最近の若者は、何を考えているのかわからない。
仕事終わりに、たまに部下を誘って呑みに行こうとするのだが、絶対については来ない。そんなに俺は話がわからないようなオヤジだと思われているのだろうか。
部下たちの多くは、すこし注意しただけで機嫌を損ねる。この前も、休憩時間がとっくに終わっているのに屋上で居眠りしていたので注意したら、そいつは次の日会社を辞めてしまった。
こんな不思議な事もあった。朝、会社に向かう途中の公園で、スーツを着た若者がボーっと太陽の方を見ている。何を考えているのだろうと思って少し気になったが、時間も無かったのでその時は無視した。しかしその帰り道、彼は朝と同じ体勢のままでそこに立っていたのである。
あいつらはまったく俺の理解を超えている。本当に俺と同じ人間なのだろうか。いや、彼らこそ新人類と言うやつかもしれない。俺たちも若い頃は大人たちにそう言われたものだが、その俺たちが見ても突然変異としか思えない。何より、彼らの全身が「緑色」だという事がそれを表している。
++
体に葉緑体を持った人間が生まれたのは今から20年ほど前だった。生まれながらにして、手のひらが少し緑がかっている事以外、他の乳児と何ら変わりなかったが、よく調べてみると、その緑色は植物と同じ「葉緑体」だという事がわかった。そして、同じような子どもが全国で同時期に何百人と生まれたことから、一時期マスコミが「緑色人種誕生」と騒ぎたて、差別的な状況に発展しそうにもなった。しかし、生活には全く支障がない私たちと同じ人間であり、差別を撤廃しようとする団体の運動のおかげもあって、世間の関心は次第に薄れていった。
しかしだ。彼らは大人になって、顔から足の先まですっかり緑になってしまった。最初は手のひらだけに存在した葉緑体が増え始め、ついには全身に広がったのだ。その姿は巨大な植物の茎としか言いようが無かった。
そして最近、彼らの姿がよく目立つようになっていた。実のところ、毎年、万単位で葉緑体を持った人間は生まれていたのだ。しかし、我が子が差別されてはいけないからと、親がひた隠しにして来たようである。当の彼らも、昔なら手のひらさえ隠していればよかったのだが、全身まで広がっては隠し様もなく、今は堂々と自分の緑をさらして歩いている。
そして今年に入り、彼らの出生率は俺たちを上回った。
++
西暦2080年
この頃になって、彼らの生態が我々と違う事が判明してきた。
まず、彼らは夜行動できない。どんなに緊急の仕事があっても、残業せずに帰ってしまう。かといって、どこかへ遊びに行くわけではなく、家に帰って寝るのだという。うちの部下だけが特別変わっているわけでもなかったのだ。
そして、食べ物も変わっている。まず肉を食わない。基本的にベジタリアンだが、一週間何も食わずに水しか飲まない時があるという。
そして、怠け者である。俺たちは、仕事をして賃金を得る事でなんとか飯を食えているのだが、彼らには労働意欲が無い。まるで金など必要ないとでも言っているかのように簡単に会社を休む。会社では休憩時間が終わっても仕事になかなか戻ってこなかったりする怠けぶりだ。
俺たちはいつのまにか、ふたたび彼らを差別するようになっていた。
白人も黒人も黄色人種も緑人を生んでいたが、
白人も黒人も黄色人種も彼らを差別するようになっていた。
怠け者で、働くのが嫌いで、日向ぼっこが大好きな緑色人種たちを・・・。
++
西暦2090年
俺はもうすぐ定年を迎える。これからは悠悠自適の生活が待っているはずなのだが、どうも心がはずまない。この緑人ばかりの世界で、俺はどうやって生きていけばいいのか。
緑人の数は増えに増えて、人類の半数以上になっていた。もうすでに差別は無かった。多数の側についた緑人は温和な性格で、人を傷つける事などなかったのだ。
しかし、俺たちにとっては、肩身の狭い世界に違いなかった。俺たちが吐き出した地球上の二酸化炭素が増えすぎて、俺たちは酸素ボンベを使わなければ生活できなくなっていた。しかし、緑人にはその必要がない。
なぜなら彼らは、体に葉緑体を持っているために、光合成ができるからだ。太陽の光と水、そして二酸化炭素さえあれば、それを酸素と自分のエネルギーに変えて生きられる。だから俺たちみたいに食べ物を摂取したり運動をする必要も無い。じっと日向ぼっこをして、水と栄養剤でも飲んでいれば生きていける。
酸素ボンベも今は、彼らが製造している。彼らが酸素を吐き出さなければ、俺たちは生きてはいけない。今思えば、俺が昔、日向ぼっこをしていた部下を叱ったのは大間違いだった。彼らは会社の役に立たなかったが、実は地球の役に立っていたのだ。
彼らは働く必要など無かったので、この国の国力はどんどん落ちていった。しかし、いったいこの国はどうなってしまうのだ・・・という心配も無かった。どの国も同じ状態だったからである。温厚な緑人には、他の国の利益を奪ったりする野心も無かった。当然のこと、地球上から戦争が無くなった。
俺たちは、国の利益のためだけに戦争を起こし、そのために人種差別をし、自分の生活を向上させるためだけに工業を発展させ、二酸化炭素を吐き出しまくった。
俺たちが人類のためによかれと思ってやってきた事は、ことごとく失敗だったのだ。
この世界に俺たちはもう必要ない・・・。
+
++
+++
++
+
会社を辞めて10年ほどたつ。天気のいい日に縁側で日向ぼっこするのが、今の俺の楽しみだ。今日も空気がうまい。
気持ちよくてウトウトとしていると、急に電話が鳴った。娘から子どもが生まれたという報告だった。目がくりっとしたかわいい赤ん坊らしい。
私の初孫なんだから、かわいいのは当たり前だ、そう言うと妻が笑った。
そして、手のひらはキレイな緑色だという・・・。当たり前だ。私の孫なんだから。
どうやら地球に緑が戻ったらしい。
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
昔は葉緑体を持っていたが、今は失った生物がいるそうです。植物は人間のように移動したりしないから、太陽の光をエネルギーに変えた方が効率がいいとか。動物は体も大きいし、日向ぼっこしてるより何か食った方が早いというわけらしい。
はい、次。今日は秀吉の誕生日だそうです。
1537年2月6日 豐臣秀吉 生誕 = 1537ページ2段6行目 = 「地衡風」
なんだそりゃ・・・?
次のお題・・・「地衡風」
維管束植物の基本器官の一。枝や茎につき、主として同化・呼吸作用を行う。多様な変態を示し、機能や形態によって子葉・普通葉・包葉・鱗片(りんぺん)葉・花葉などに分ける。普通葉の形態は種によって異なり、分類上の手がかりとされる。
「―が茂る」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
まったく最近の若者は、何を考えているのかわからない。
仕事終わりに、たまに部下を誘って呑みに行こうとするのだが、絶対については来ない。そんなに俺は話がわからないようなオヤジだと思われているのだろうか。
部下たちの多くは、すこし注意しただけで機嫌を損ねる。この前も、休憩時間がとっくに終わっているのに屋上で居眠りしていたので注意したら、そいつは次の日会社を辞めてしまった。
こんな不思議な事もあった。朝、会社に向かう途中の公園で、スーツを着た若者がボーっと太陽の方を見ている。何を考えているのだろうと思って少し気になったが、時間も無かったのでその時は無視した。しかしその帰り道、彼は朝と同じ体勢のままでそこに立っていたのである。
あいつらはまったく俺の理解を超えている。本当に俺と同じ人間なのだろうか。いや、彼らこそ新人類と言うやつかもしれない。俺たちも若い頃は大人たちにそう言われたものだが、その俺たちが見ても突然変異としか思えない。何より、彼らの全身が「緑色」だという事がそれを表している。
++
体に葉緑体を持った人間が生まれたのは今から20年ほど前だった。生まれながらにして、手のひらが少し緑がかっている事以外、他の乳児と何ら変わりなかったが、よく調べてみると、その緑色は植物と同じ「葉緑体」だという事がわかった。そして、同じような子どもが全国で同時期に何百人と生まれたことから、一時期マスコミが「緑色人種誕生」と騒ぎたて、差別的な状況に発展しそうにもなった。しかし、生活には全く支障がない私たちと同じ人間であり、差別を撤廃しようとする団体の運動のおかげもあって、世間の関心は次第に薄れていった。
しかしだ。彼らは大人になって、顔から足の先まですっかり緑になってしまった。最初は手のひらだけに存在した葉緑体が増え始め、ついには全身に広がったのだ。その姿は巨大な植物の茎としか言いようが無かった。
そして最近、彼らの姿がよく目立つようになっていた。実のところ、毎年、万単位で葉緑体を持った人間は生まれていたのだ。しかし、我が子が差別されてはいけないからと、親がひた隠しにして来たようである。当の彼らも、昔なら手のひらさえ隠していればよかったのだが、全身まで広がっては隠し様もなく、今は堂々と自分の緑をさらして歩いている。
そして今年に入り、彼らの出生率は俺たちを上回った。
++
西暦2080年
この頃になって、彼らの生態が我々と違う事が判明してきた。
まず、彼らは夜行動できない。どんなに緊急の仕事があっても、残業せずに帰ってしまう。かといって、どこかへ遊びに行くわけではなく、家に帰って寝るのだという。うちの部下だけが特別変わっているわけでもなかったのだ。
そして、食べ物も変わっている。まず肉を食わない。基本的にベジタリアンだが、一週間何も食わずに水しか飲まない時があるという。
そして、怠け者である。俺たちは、仕事をして賃金を得る事でなんとか飯を食えているのだが、彼らには労働意欲が無い。まるで金など必要ないとでも言っているかのように簡単に会社を休む。会社では休憩時間が終わっても仕事になかなか戻ってこなかったりする怠けぶりだ。
俺たちはいつのまにか、ふたたび彼らを差別するようになっていた。
白人も黒人も黄色人種も緑人を生んでいたが、
白人も黒人も黄色人種も彼らを差別するようになっていた。
怠け者で、働くのが嫌いで、日向ぼっこが大好きな緑色人種たちを・・・。
++
西暦2090年
俺はもうすぐ定年を迎える。これからは悠悠自適の生活が待っているはずなのだが、どうも心がはずまない。この緑人ばかりの世界で、俺はどうやって生きていけばいいのか。
緑人の数は増えに増えて、人類の半数以上になっていた。もうすでに差別は無かった。多数の側についた緑人は温和な性格で、人を傷つける事などなかったのだ。
しかし、俺たちにとっては、肩身の狭い世界に違いなかった。俺たちが吐き出した地球上の二酸化炭素が増えすぎて、俺たちは酸素ボンベを使わなければ生活できなくなっていた。しかし、緑人にはその必要がない。
なぜなら彼らは、体に葉緑体を持っているために、光合成ができるからだ。太陽の光と水、そして二酸化炭素さえあれば、それを酸素と自分のエネルギーに変えて生きられる。だから俺たちみたいに食べ物を摂取したり運動をする必要も無い。じっと日向ぼっこをして、水と栄養剤でも飲んでいれば生きていける。
酸素ボンベも今は、彼らが製造している。彼らが酸素を吐き出さなければ、俺たちは生きてはいけない。今思えば、俺が昔、日向ぼっこをしていた部下を叱ったのは大間違いだった。彼らは会社の役に立たなかったが、実は地球の役に立っていたのだ。
彼らは働く必要など無かったので、この国の国力はどんどん落ちていった。しかし、いったいこの国はどうなってしまうのだ・・・という心配も無かった。どの国も同じ状態だったからである。温厚な緑人には、他の国の利益を奪ったりする野心も無かった。当然のこと、地球上から戦争が無くなった。
俺たちは、国の利益のためだけに戦争を起こし、そのために人種差別をし、自分の生活を向上させるためだけに工業を発展させ、二酸化炭素を吐き出しまくった。
俺たちが人類のためによかれと思ってやってきた事は、ことごとく失敗だったのだ。
この世界に俺たちはもう必要ない・・・。
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会社を辞めて10年ほどたつ。天気のいい日に縁側で日向ぼっこするのが、今の俺の楽しみだ。今日も空気がうまい。
気持ちよくてウトウトとしていると、急に電話が鳴った。娘から子どもが生まれたという報告だった。目がくりっとしたかわいい赤ん坊らしい。
私の初孫なんだから、かわいいのは当たり前だ、そう言うと妻が笑った。
そして、手のひらはキレイな緑色だという・・・。当たり前だ。私の孫なんだから。
どうやら地球に緑が戻ったらしい。
(おしまい)
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昔は葉緑体を持っていたが、今は失った生物がいるそうです。植物は人間のように移動したりしないから、太陽の光をエネルギーに変えた方が効率がいいとか。動物は体も大きいし、日向ぼっこしてるより何か食った方が早いというわけらしい。
はい、次。今日は秀吉の誕生日だそうです。
1537年2月6日 豐臣秀吉 生誕 = 1537ページ2段6行目 = 「地衡風」
なんだそりゃ・・・?
次のお題・・・「地衡風」
- [2005/02/06 15:25]
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辞書連想 第六回 「て」
て ・・・・・
〔助詞「って」が撥音「ん」で終わる語に付く場合に用いられる〕
1(格助)
(1)動作・作用の内容を表す。と。
「これはなん―いうのだろう」「ぼくは知らん―答えておいた」
2)次に来る語の説明的な内容を表す。という。
「日本―国は狭いね」
2(係助)
(1)語や文を話題として提示する。というのは。
「ポンかん―みかんの一種かしら」
(2)相手の質問・命令・希望などを受けて、それを話題として提示する。といっても。
3(終助)
文末に付く。
(1)ほかからの話を紹介する。ということだ。
「もう絶対に書いてもらわん―」
(2)相手の言葉をとらえて、反問する。この場合、上昇調のイントネーションを伴う。というの(か)。
「犯人がつかまった―」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
はい、こんばんは〜。みなさん集まってますか〜。
あれ〜キャロラインさんがまだみたいねー。珍しいわねー風邪かしら〜。
さ、今日も関西弁講座はじめましょう!
最近どないでっか〜?
はい。よく言えましたね。近況を聞かれたら「ぼちぼちでんなあ」と答えましょうね。
さて、今日のテーマは「音が同じでも意味が違う言葉」です。
あ、キャロラインさんこんばんは。空いてる席座ってね。あ、たこ焼き食べてきたでしょ?歯に青ノリついてるよ〜。関西弁で言うと「歯に青ノリついてまっせ」ですね。はい、みなさんご一緒に。
歯に青ノリついてまっせ。
はい。このズケズケ言うずうずうしさも関西人の特徴ですからよく覚えておいてね〜。
えーじゃあ、早速今日の例文から行こうかな。次の文章は、試験に必ず出る問題なので、ノートを取っておくように。
「あれちゃうちゃうちゃう?」
「いや、ちゃうちゃうちゃうんちゃう?」
「えー、ちゃうちゃうちゃうん。」
「ちゃうちゃう。ちゃうちゃうちゃう」
はい、笑わないで〜。ちょっとボブ、笑いすぎですよ〜。ボブ〜。授業の邪魔ですよ〜。いつまで笑ってるのかなあ〜。あ、収まった〜?次、笑ったら道頓堀沈めるわよ〜。破傷風になるわよ〜。
さっきの文章、意味わかる人?いますか?いませんか?
はい、実は次のような意味なんですねえ〜。
「あれ(犬の)チャウチャウじゃない?」
「いやチャウチャウとは違うんじゃない?」
「えー、チャウチャウだよ。」
「違う違う。あれはチャウチャウじゃない。」
うーんちょっといきなりムズカシかったかな〜。「ちゃう」には「そうじゃない?」と疑問の意味と「違う」という否定の意味両方あるんですね。ちなみに、語尾を上げると疑問文。語尾を下げると否定文。だから、「チャウチャウとは違うんじゃない?」は、「チャウチャウちゃうん(↓)ちゃう(↑)?」という変な文になるのね〜。
この文章は、関西弁の特徴をよく表した文で、すごく有名な文章なので暗記しといた方がいいですよ〜。これを言えないと関西人とは認められないので気をつけてね〜。
はい、じゃあ発音練習しましょう。ちゃうちゃうちゃうんちゃう?
そう、いいですね。では、次はわかるかな?
「やっぱちゅうかにしようや〜」
「ちゅうか〜?ちゅうかお前ほんまちゅうかすきやなあ」
「ちゅうか〜ちゅうかすきっちゅうかなんちゅうかうまいちゅうか〜。」
「ちゅうか、ちゅうかちゅうかいいすぎやっちゅうねん。」
ここまでわかるかな〜?えーと、この意味は、
「やっぱり中華にしようよ」
「中華?て言うかお前ほんと中華好きだね」
「て言うより、中華が好きと言うか何と言うか美味しいって言うかさー。」
「て言うか、中華中華って言いすぎだよ。」
「ちゅうか」は「と言うか」「と言うより」という意味ですね。
じゃあ、つづき行きましょう。
「あ!ちょうちょうちょう!?」
「ちょう?・・・・ちゅうかちょうちゃうやん。ちょうちゅうかちょうちょうやん。」
「ちょうちょうちゃう。ちゅうかちょうさんちゃう?」
「ちょううける〜」
「ちゅうかあれちょっちゅやん」
はい。えー・・・ちょっとボブ〜、腹よじりすぎよ〜。授業の邪魔よ〜。ボブ〜・・・・。
・・・・ボブ〜、私だからいいけど、桂三枝だったら本番中でも説教されるわよ〜。
さあ、さっきの文の意味の解説をしましょう。
「あ!ちょっとちょっとチョウチョじゃない!?」
「チョウチョ?・・・・て言うかチョウチョじゃないよ。チョウチョっていうかミヤコ蝶々だよ。」
「ミヤコ蝶々じゃないよ。て言うか、いかりや長介じゃない?」
「超ウケル〜」
「て言うかあれ、具志堅用高だよ」
はい。わかったかなあ〜。関西弁ってほんとおもしろいわねえ。
さあ、もうそろそろお別れの時間ね。最後の問題出しますよ。
みんな、これはわかるかなあ。かなり難しいよ〜。
「て」て!
いきなり短くなったわね〜。ボブもさすがに笑わないわね〜。意味わからない?
「て」という文字が二つだけ並んだ短い文章だけど、これね、ちゃんと意味があるのよ〜。
卒業試験にでるくらいだから、ちょっと高度な関西弁かも。まだみんなには無理かなあ〜?
はい、この文の意味はこういうことです。
「て」って言われたって、そんなもん浮かぶか!
(おしまい)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
はい最後は、お題を聞いた直後の筆者の叫びでした。これは「て」の係助詞(2)としての使い方ですね。勉強になりますね、この辞書連想。なんか、最近「連想」ってタイトルおかしいような気がしてますが。。。
さて次は、また「今日は何の日?」に頼りまして・・
1905年1月23日 日本狼の最後の1頭が吉野山中で射殺される
これ、気になってしまいました。子どもの時この事実を知って、なんでそんな事したんだろうって思いました。またこれについて何か書いてみよう。。。
はい、
1905ページ1段23行 = 「葉」
次のお題・・・「葉」
〔助詞「って」が撥音「ん」で終わる語に付く場合に用いられる〕
1(格助)
(1)動作・作用の内容を表す。と。
「これはなん―いうのだろう」「ぼくは知らん―答えておいた」
2)次に来る語の説明的な内容を表す。という。
「日本―国は狭いね」
2(係助)
(1)語や文を話題として提示する。というのは。
「ポンかん―みかんの一種かしら」
(2)相手の質問・命令・希望などを受けて、それを話題として提示する。といっても。
3(終助)
文末に付く。
(1)ほかからの話を紹介する。ということだ。
「もう絶対に書いてもらわん―」
(2)相手の言葉をとらえて、反問する。この場合、上昇調のイントネーションを伴う。というの(か)。
「犯人がつかまった―」
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
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はい、こんばんは〜。みなさん集まってますか〜。
あれ〜キャロラインさんがまだみたいねー。珍しいわねー風邪かしら〜。
さ、今日も関西弁講座はじめましょう!
最近どないでっか〜?
はい。よく言えましたね。近況を聞かれたら「ぼちぼちでんなあ」と答えましょうね。
さて、今日のテーマは「音が同じでも意味が違う言葉」です。
あ、キャロラインさんこんばんは。空いてる席座ってね。あ、たこ焼き食べてきたでしょ?歯に青ノリついてるよ〜。関西弁で言うと「歯に青ノリついてまっせ」ですね。はい、みなさんご一緒に。
歯に青ノリついてまっせ。
はい。このズケズケ言うずうずうしさも関西人の特徴ですからよく覚えておいてね〜。
えーじゃあ、早速今日の例文から行こうかな。次の文章は、試験に必ず出る問題なので、ノートを取っておくように。
「あれちゃうちゃうちゃう?」
「いや、ちゃうちゃうちゃうんちゃう?」
「えー、ちゃうちゃうちゃうん。」
「ちゃうちゃう。ちゃうちゃうちゃう」
はい、笑わないで〜。ちょっとボブ、笑いすぎですよ〜。ボブ〜。授業の邪魔ですよ〜。いつまで笑ってるのかなあ〜。あ、収まった〜?次、笑ったら道頓堀沈めるわよ〜。破傷風になるわよ〜。
さっきの文章、意味わかる人?いますか?いませんか?
はい、実は次のような意味なんですねえ〜。
「あれ(犬の)チャウチャウじゃない?」
「いやチャウチャウとは違うんじゃない?」
「えー、チャウチャウだよ。」
「違う違う。あれはチャウチャウじゃない。」
うーんちょっといきなりムズカシかったかな〜。「ちゃう」には「そうじゃない?」と疑問の意味と「違う」という否定の意味両方あるんですね。ちなみに、語尾を上げると疑問文。語尾を下げると否定文。だから、「チャウチャウとは違うんじゃない?」は、「チャウチャウちゃうん(↓)ちゃう(↑)?」という変な文になるのね〜。
この文章は、関西弁の特徴をよく表した文で、すごく有名な文章なので暗記しといた方がいいですよ〜。これを言えないと関西人とは認められないので気をつけてね〜。
はい、じゃあ発音練習しましょう。ちゃうちゃうちゃうんちゃう?
そう、いいですね。では、次はわかるかな?
「やっぱちゅうかにしようや〜」
「ちゅうか〜?ちゅうかお前ほんまちゅうかすきやなあ」
「ちゅうか〜ちゅうかすきっちゅうかなんちゅうかうまいちゅうか〜。」
「ちゅうか、ちゅうかちゅうかいいすぎやっちゅうねん。」
ここまでわかるかな〜?えーと、この意味は、
「やっぱり中華にしようよ」
「中華?て言うかお前ほんと中華好きだね」
「て言うより、中華が好きと言うか何と言うか美味しいって言うかさー。」
「て言うか、中華中華って言いすぎだよ。」
「ちゅうか」は「と言うか」「と言うより」という意味ですね。
じゃあ、つづき行きましょう。
「あ!ちょうちょうちょう!?」
「ちょう?・・・・ちゅうかちょうちゃうやん。ちょうちゅうかちょうちょうやん。」
「ちょうちょうちゃう。ちゅうかちょうさんちゃう?」
「ちょううける〜」
「ちゅうかあれちょっちゅやん」
はい。えー・・・ちょっとボブ〜、腹よじりすぎよ〜。授業の邪魔よ〜。ボブ〜・・・・。
・・・・ボブ〜、私だからいいけど、桂三枝だったら本番中でも説教されるわよ〜。
さあ、さっきの文の意味の解説をしましょう。
「あ!ちょっとちょっとチョウチョじゃない!?」
「チョウチョ?・・・・て言うかチョウチョじゃないよ。チョウチョっていうかミヤコ蝶々だよ。」
「ミヤコ蝶々じゃないよ。て言うか、いかりや長介じゃない?」
「超ウケル〜」
「て言うかあれ、具志堅用高だよ」
はい。わかったかなあ〜。関西弁ってほんとおもしろいわねえ。
さあ、もうそろそろお別れの時間ね。最後の問題出しますよ。
みんな、これはわかるかなあ。かなり難しいよ〜。
「て」て!
いきなり短くなったわね〜。ボブもさすがに笑わないわね〜。意味わからない?
「て」という文字が二つだけ並んだ短い文章だけど、これね、ちゃんと意味があるのよ〜。
卒業試験にでるくらいだから、ちょっと高度な関西弁かも。まだみんなには無理かなあ〜?
はい、この文の意味はこういうことです。
「て」って言われたって、そんなもん浮かぶか!
(おしまい)
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はい最後は、お題を聞いた直後の筆者の叫びでした。これは「て」の係助詞(2)としての使い方ですね。勉強になりますね、この辞書連想。なんか、最近「連想」ってタイトルおかしいような気がしてますが。。。
さて次は、また「今日は何の日?」に頼りまして・・
1905年1月23日 日本狼の最後の1頭が吉野山中で射殺される
これ、気になってしまいました。子どもの時この事実を知って、なんでそんな事したんだろうって思いました。またこれについて何か書いてみよう。。。
はい、
1905ページ1段23行 = 「葉」
次のお題・・・「葉」
- [2005/01/30 15:24]
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辞書連想 第五回 「はんみょう」
はんみょう 【斑猫】
(1)甲虫目ハンミョウ科に属する昆虫の総称。体長1、2センチメートルの甲虫。地表をはうものが多い。幼虫・成虫とも他の昆虫を捕食する。
(2)(1)の一種。体長約2センチメートル。黒紫色の地に赤・緑・白の美しい紋様がある。路上に多く、人の歩く先へ先へと飛ぶさまから「みちおしえ」「みちしるべ」などと呼ばれる。幼虫は地面に穴を掘ってすむ。ナミハンミョウ。[季]夏。
(3)マメハンミョウとツチハンミョウの俗称。毒をもつ。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
虫のどこが嫌いかと言えば、あの本能的な動きだ。
「うわ〜光や〜明るい〜」「うわ〜スイカや〜甘そう〜」「うわ〜飛べそう〜飛ぶ〜」
と思いたつと、すぐに奴らはその欲望のままに行動を起こす。それがどうも神経に障るのだ。
しかもあのグロテスクな顔と体、バラバラに動く足と触覚、もう今まさにこう書いている時点で、きのちがわぶくて手がふぶえていむ(あまりにも気持ちが悪くて手が震えました。すみません)。
子どもの頃はカブトムシやクワガタくらいなら触れたが、今となってはそれすらも触りたくない。
だがこんな僕でも、見ていて美しいなと思える虫はいる。蛍はたとえ一匹だけでも本当に美しい光を放つし、蝶の羽根の模様も複雑でサイケで好きだ。
生態が面白くて好きな虫もいる。虫嫌いの僕でも見つけるとついつい追いかけてしまう虫、それがハンミョウだ。
ハンミョウに出会ったのは今まで2回。初めて見た場所は万里の長城だった。・・・と言っても中国を旅行したわけではない。世界中の遺跡のレプリカを集めた太陽公園というのが、兵庫県の姫路市にあるのだが、そこの万里の長城(全長2km。現在も建設中)のレプリカでハンミョウと出会ったのだ(このおもしろスポット太陽公園については長くなるのでまたの機会に)。
あれは6年ほど前、夏の暑い日だった。友人3人くらいで、汗をダラダラかきながら万里の長城を歩いていた。レプリカと言っても、本物の石を積み上げ、質感も似せてあるので、ちょっと小旅行してきたようで楽しい。とりあえず長城の端まで歩き、さあ帰ろうかという時に、ある小さい物体が僕らの歩く前をすーっと飛んでいった。
それを見た虫好きの友人が「あ!ハンミョウや!」と言った。
そのハンミョウとやらは、玉虫色というやつできれいだった。体も2cmほどと小さいのでグロさを感じない。近づくと、また僕らの前をすーっと飛んで3mほど先を行く。友人は「この虫は歩いている人より、先へ先へと飛んで行くんや。道案内してくれてるみたいやから『みちしるべ』とも呼ばれる」と教えてくれた。
虫嫌いの僕も、これには痛く感動してしまった。「お帰りはこちら〜」と道案内してくれてるようなのだ。もちろん彼は本当に道案内してくれてるわけではなく、単純に僕らを警戒して逃げているだけなのだが、そのすーっと飛ぶ軌跡が何とも言えない。地面からジャンプして風に乗るようにスイーッと飛び、道の3mほど先で着地する。近づくとまたスイーッと飛ぶ。
僕は、すっかりこのハンミョウの虜になってしまった。
急に近づくと、道をそれたり逆方向に飛んだりする。「おい、急に近づくから間違ったやないか!」と言われてるようなので、ハンミョウ師匠にはゆっくり近づかなければならない。
こっちがゆっくり近づいても逆方向に飛んでしまったときは、師匠はこう言う。「どや?だまされたか?気抜かんとツッコメよ」
そして、素手で捕まえると噛みついてこう言われる。「あほか、10年早いわ!」(師匠は他の虫を食ってらっしゃるので、アゴが強い)
僕は、昔の日本人がハンミョウ師匠の飛ぶ様子を見て「みちしるべ」と呼んだこのセンスに面白みを感じた。そして、師匠は虫嫌いの僕に、僕の知らない世界や僕が嫌っていた世界にも面白いものがあるのだと教えてくれた。僕は虫の事を好きになれそうな気になっていた。
すっかり長城の入り口まで道案内してもらい、僕らは師匠とお別れをした。師匠は手を振る僕らにこう言った。
「虫もなかなか捨てたもんやないやろ」
・・・でも師匠、やっぱり触りたくは無いです。
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ハンミョウ、ほんと面白いです。ちなみに、ハンミョウ師匠はナミハンミョウという種類です。マメハンミョウと呼ばれるものもいますが、師匠とは全く別の種類の虫で、毒があるので漢方の材料になるとか。
師匠には毒はありません。僕は経験ないけど、手で捕まえると噛まれます。まあ、素手で捕まえるのは至難の業です。師匠の1m以内になかなか入れません。
はい、次。
昨日は阪神大震災10年目の日でしたね。僕の家は直接被害は無かったけど、その年、兵庫県の学校に行ったので、この時のことはよく覚えてます。
「今日は何の日?」ってHP見たら、
「1629年1月17日 数十年前にポルトガルの駐フランス大使ジャン・ニコ(ニコチンに名前を残す)によって紹介されたタバコに、時の宰相リシュリューが煙草税をかける」
とありました。ニコチンってニコさんの仇名だったんだ。ニコチーンって呼ばれてたんだね。
じゃあこの日で、
1629年1月17日 > 1629ページ1段17行 = 「て」
・・・・ちょっとこれ、ムズカシすぎやしませんか?この「て」は「手」じゃなくて、助詞の「て」だそうです・・・。まあええか。
次のお題・・・
「て」
(1)甲虫目ハンミョウ科に属する昆虫の総称。体長1、2センチメートルの甲虫。地表をはうものが多い。幼虫・成虫とも他の昆虫を捕食する。
(2)(1)の一種。体長約2センチメートル。黒紫色の地に赤・緑・白の美しい紋様がある。路上に多く、人の歩く先へ先へと飛ぶさまから「みちおしえ」「みちしるべ」などと呼ばれる。幼虫は地面に穴を掘ってすむ。ナミハンミョウ。[季]夏。
(3)マメハンミョウとツチハンミョウの俗称。毒をもつ。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
虫のどこが嫌いかと言えば、あの本能的な動きだ。
「うわ〜光や〜明るい〜」「うわ〜スイカや〜甘そう〜」「うわ〜飛べそう〜飛ぶ〜」
と思いたつと、すぐに奴らはその欲望のままに行動を起こす。それがどうも神経に障るのだ。
しかもあのグロテスクな顔と体、バラバラに動く足と触覚、もう今まさにこう書いている時点で、きのちがわぶくて手がふぶえていむ(あまりにも気持ちが悪くて手が震えました。すみません)。
子どもの頃はカブトムシやクワガタくらいなら触れたが、今となってはそれすらも触りたくない。
だがこんな僕でも、見ていて美しいなと思える虫はいる。蛍はたとえ一匹だけでも本当に美しい光を放つし、蝶の羽根の模様も複雑でサイケで好きだ。
生態が面白くて好きな虫もいる。虫嫌いの僕でも見つけるとついつい追いかけてしまう虫、それがハンミョウだ。
ハンミョウに出会ったのは今まで2回。初めて見た場所は万里の長城だった。・・・と言っても中国を旅行したわけではない。世界中の遺跡のレプリカを集めた太陽公園というのが、兵庫県の姫路市にあるのだが、そこの万里の長城(全長2km。現在も建設中)のレプリカでハンミョウと出会ったのだ(このおもしろスポット太陽公園については長くなるのでまたの機会に)。
あれは6年ほど前、夏の暑い日だった。友人3人くらいで、汗をダラダラかきながら万里の長城を歩いていた。レプリカと言っても、本物の石を積み上げ、質感も似せてあるので、ちょっと小旅行してきたようで楽しい。とりあえず長城の端まで歩き、さあ帰ろうかという時に、ある小さい物体が僕らの歩く前をすーっと飛んでいった。
それを見た虫好きの友人が「あ!ハンミョウや!」と言った。
そのハンミョウとやらは、玉虫色というやつできれいだった。体も2cmほどと小さいのでグロさを感じない。近づくと、また僕らの前をすーっと飛んで3mほど先を行く。友人は「この虫は歩いている人より、先へ先へと飛んで行くんや。道案内してくれてるみたいやから『みちしるべ』とも呼ばれる」と教えてくれた。
虫嫌いの僕も、これには痛く感動してしまった。「お帰りはこちら〜」と道案内してくれてるようなのだ。もちろん彼は本当に道案内してくれてるわけではなく、単純に僕らを警戒して逃げているだけなのだが、そのすーっと飛ぶ軌跡が何とも言えない。地面からジャンプして風に乗るようにスイーッと飛び、道の3mほど先で着地する。近づくとまたスイーッと飛ぶ。
僕は、すっかりこのハンミョウの虜になってしまった。
急に近づくと、道をそれたり逆方向に飛んだりする。「おい、急に近づくから間違ったやないか!」と言われてるようなので、ハンミョウ師匠にはゆっくり近づかなければならない。
こっちがゆっくり近づいても逆方向に飛んでしまったときは、師匠はこう言う。「どや?だまされたか?気抜かんとツッコメよ」
そして、素手で捕まえると噛みついてこう言われる。「あほか、10年早いわ!」(師匠は他の虫を食ってらっしゃるので、アゴが強い)
僕は、昔の日本人がハンミョウ師匠の飛ぶ様子を見て「みちしるべ」と呼んだこのセンスに面白みを感じた。そして、師匠は虫嫌いの僕に、僕の知らない世界や僕が嫌っていた世界にも面白いものがあるのだと教えてくれた。僕は虫の事を好きになれそうな気になっていた。
すっかり長城の入り口まで道案内してもらい、僕らは師匠とお別れをした。師匠は手を振る僕らにこう言った。
「虫もなかなか捨てたもんやないやろ」
・・・でも師匠、やっぱり触りたくは無いです。
(おしまい)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ハンミョウ、ほんと面白いです。ちなみに、ハンミョウ師匠はナミハンミョウという種類です。マメハンミョウと呼ばれるものもいますが、師匠とは全く別の種類の虫で、毒があるので漢方の材料になるとか。
師匠には毒はありません。僕は経験ないけど、手で捕まえると噛まれます。まあ、素手で捕まえるのは至難の業です。師匠の1m以内になかなか入れません。
はい、次。
昨日は阪神大震災10年目の日でしたね。僕の家は直接被害は無かったけど、その年、兵庫県の学校に行ったので、この時のことはよく覚えてます。
「今日は何の日?」ってHP見たら、
「1629年1月17日 数十年前にポルトガルの駐フランス大使ジャン・ニコ(ニコチンに名前を残す)によって紹介されたタバコに、時の宰相リシュリューが煙草税をかける」
とありました。ニコチンってニコさんの仇名だったんだ。ニコチーンって呼ばれてたんだね。
じゃあこの日で、
1629年1月17日 > 1629ページ1段17行 = 「て」
・・・・ちょっとこれ、ムズカシすぎやしませんか?この「て」は「手」じゃなくて、助詞の「て」だそうです・・・。まあええか。
次のお題・・・
「て」
- [2005/01/18 15:22]
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辞書連想 第四回 「白帝城」
はくていじょう 【白帝城】 ・・・・
(1)中国四川省東部、揚子江中流北岸にあった城。三国時代に蜀(しょく)の劉備が諸葛亮(しょかつりょう)に後事を託して没した所。
(2)愛知県犬山市にある犬山城の別名。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
++++++++++++++++++++++++++++++++
― 偉大なる横山光輝先生に捧ぐ ―
三国志ファンってのは語りたがる人が多い。実は僕もその一人なのだが、興味の無い人には全くつまらない話だろうと思う。
これは親友Jの話だが、中学の時、彼は3人グループでよく遊んでいたという。しかし、Jを除く二人は三国志に詳しく、その話題になるとJをほったらかして二人だけで語り始めるため、Jは会話が三国志の方向へ変わりそうになると、話題を変えよう変えようと毎日必死になっていたそうだ。
何故、彼らは興味も無い人を無視してでも語るのだろう。他人が全然興味持ってない事に気づかないのだろうか。
+
僕が三国志に興味を持ったのは親父が持っていた横山光輝の漫画からで、これは子どもの頃の愛読書だった。10歳くらいの時だから、ダウンタウンの関西ローカル番組「4時ですよ〜だ」を毎日楽しみにしていた頃だ。
知らない人のために簡単にどんな話かを書こう。舞台は今から1700年前の中国。んな事いわれてもピンと来ないだろうけど、日本では邪馬台国の頃だ。んな事言われてもまだピンとこないけど、まあ日本にも国家というものができかけていた頃だ。
その頃、中国では「漢」という国が治めていたが衰退し始めたため、国は荒れ、多くの武将たちが独自に自分の領地を治める戦乱の世だった。
戦いの末、中国はやがて三つの国にまとまっていくのだが、その中で主人公的扱いをされるのが「蜀」という国の「劉備(りゅうび)」という男である。彼は民衆に優しく、義理人情に厚い人柄だったが、自分の義兄弟の仇を果たす前に戦に敗れて死んだため、悲劇の主人公として民衆に好まれた。
こう書くと、この劉備という人物はさぞ美男子で頭も切れる男かと思うだろう。漫画ではもちろん男前に描かれているが、実際にはこう語り継がれている。
「身長7尺5寸(2m超)、両耳が肩まで垂れていて、目で自分の耳を見ることができた。
手は膝の下まで届く長さがある。顔は白玉のよう、唇は紅を差したようだった。学問はあまり好まず、喜怒を顔に出さない。」
あんがー。こんな奴おるんか。水野晴郎もびっくりの福耳で、鈴木その子(懐かしい)もビックリの色白である。まあこういう逸話みたいなのはいつでもおおげさになるもんだが、これじゃあまり感情移入できない。ここからは、劉備の顔はタッキーで想像してください。

<横山光輝 「三国志」潮出版社>
+
さて、ここまで大丈夫だろうか。まだ食いついている人はいるだろうか。ああ、女性たちが遠のくのが見える。まあいい。ここからは男の世界だ!ロマンだ!ロマンスだ!(それは違う)
+
白帝城は、その劉備が諸葛亮(しょかつりょう)に全てを託し、息を引き取った場所である。諸葛亮というのはその後の蜀を背負って立った名軍師で、いわゆる天才だった。
劉備が死んだ時点で、この物語の主人公は諸葛亮に代わる。これは子どもながらに衝撃だった。何故か分かるだろうか?
北斗の拳で、ケンシロウが死んでバットが主人公になったらショックだろう。ドラゴンボールで悟空が死んで悟飯が主人公になったらショックじゃないか!
諸葛亮は劉備の意思を引き継ぎ、国を統一するための戦いに出る。しかし夢果たせず、病に倒れやはり死んでしまう。なんなんだ!また主人公死んだ!
諸葛亮の死後、その意志を姜維(きょうい)という男が引き継ぐのだが、その頃には「蜀」は衰退していた。やがて彼も戦いに敗れ、「蜀」という国自体が滅びてしまう。なんなんだ!滅びるなよ!
さらに語るべきは、劉備の血を受け継いだ息子の劉禅(りゅうぜん)である。
劉禅はオバカさんだった。バカ殿だった。父親の血が流れているとは思えないほど、無知で人間的な魅力も無かった。
「蜀」が攻められると、彼は何の抵抗もせずに敵に降伏して配下となり、一生を何の苦労もせずに暮らしたという。なんなんだ!仇討てよ!
+
横山光輝の三国志はここで完結する。なんと悲しい終わり方だ。はかない。はかなすぎるじゃないか。
もちろん、歴史モノなのだから、こういう事は当たり前なのだが、「いいもんは必ず生き残ってわるもんをやっつける」という価値観が僕の中でくずれさった。10歳の子どもには酷である。
三国志の物語は、日本人向けかもしれない。日本人は悲劇が好きだ。
日本を統一した家康や秀吉よりも、夢半ばに破れた信長の方を好む。
幕府を作った兄よりも、若くして死んだ義経を好む。
サクサクでホクホクよりも、最後に残ったカリカリのフライドポテトを好む(違うか・・)。
同じように、この劉備という男には魅力がある。福耳おじさんで、猿みたいに腕は長くても人間的な魅力があった。
白帝城にて息を引き取る時、彼は諸葛亮にこう言った。「もし、息子に国を治める力が無かったら、君が息子の代わりに帝位に座って(君主になって)、この国を治めてくれ」と。
諸葛亮はこう返す。「私は、あなたの家来として、自分の命に換えてもその意志を引き継ぐ」と。
中国の歴史というのは、裏切り・反逆の歴史だった。常に前の国を蹴落とす事で続いてきた国だ。しかし、この二人の会話には、そういった気持ちが一切無い。死ぬまで、民衆の事を思い続けた劉備とその気持ちを汲んだ諸葛亮。まるで親子のようで青春ドラマのようだ。
実際に諸葛亮は劉備の死後、言葉通りに死ぬまで戦い続けた。
いい・・・。こういう所が実に日本人好みなのだろう。
昨年、横山光輝先生は亡くなられたが、ありがとうと言いたい。
・・・・・あ、やっぱり語ってしまった!
(おしまい)
+++++++++++++++++++++++++++++++
今回は知ってる事だけに、普通に書きました。三国志って日本人が描くとすごく面白くなるのよね。横山光輝の漫画が面白いのは、歴史より、「人間」を描いているからだろうね。中国人がたまに映像化してるけど、事実を追ってるだけでつまんないのね。ああ、まだ語ってる。
あと、知らない人のために書いておこう、横山光輝は、「魔法使いサリー」や「鉄人28号」「バベル2世」などを描いた偉大な漫画家なのです。
さて、次。どうせなら劉備の死んだ日にしようか。223年の・・・調べても日にちがわからない・・・。
では、敬愛する横山光輝先生の亡くなられた日に。
2004年4月15日 > 2004ページ4段15行 = 「はんみょう」
おお、はんみょう!虫嫌いの僕が、珍しく好きな虫の種類だ。立て続けにいいの引いた。ハ行ばっかりだけど。
次のお題・・・「はんみょう」
(1)中国四川省東部、揚子江中流北岸にあった城。三国時代に蜀(しょく)の劉備が諸葛亮(しょかつりょう)に後事を託して没した所。
(2)愛知県犬山市にある犬山城の別名。
(初めての方は、本編の前に辞書連想「はじめに」を読んでください)
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― 偉大なる横山光輝先生に捧ぐ ―
三国志ファンってのは語りたがる人が多い。実は僕もその一人なのだが、興味の無い人には全くつまらない話だろうと思う。
これは親友Jの話だが、中学の時、彼は3人グループでよく遊んでいたという。しかし、Jを除く二人は三国志に詳しく、その話題になるとJをほったらかして二人だけで語り始めるため、Jは会話が三国志の方向へ変わりそうになると、話題を変えよう変えようと毎日必死になっていたそうだ。
何故、彼らは興味も無い人を無視してでも語るのだろう。他人が全然興味持ってない事に気づかないのだろうか。
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僕が三国志に興味を持ったのは親父が持っていた横山光輝の漫画からで、これは子どもの頃の愛読書だった。10歳くらいの時だから、ダウンタウンの関西ローカル番組「4時ですよ〜だ」を毎日楽しみにしていた頃だ。
知らない人のために簡単にどんな話かを書こう。舞台は今から1700年前の中国。んな事いわれてもピンと来ないだろうけど、日本では邪馬台国の頃だ。んな事言われてもまだピンとこないけど、まあ日本にも国家というものができかけていた頃だ。
その頃、中国では「漢」という国が治めていたが衰退し始めたため、国は荒れ、多くの武将たちが独自に自分の領地を治める戦乱の世だった。
戦いの末、中国はやがて三つの国にまとまっていくのだが、その中で主人公的扱いをされるのが「蜀」という国の「劉備(りゅうび)」という男である。彼は民衆に優しく、義理人情に厚い人柄だったが、自分の義兄弟の仇を果たす前に戦に敗れて死んだため、悲劇の主人公として民衆に好まれた。
こう書くと、この劉備という人物はさぞ美男子で頭も切れる男かと思うだろう。漫画ではもちろん男前に描かれているが、実際にはこう語り継がれている。
「身長7尺5寸(2m超)、両耳が肩まで垂れていて、目で自分の耳を見ることができた。
手は膝の下まで届く長さがある。顔は白玉のよう、唇は紅を差したようだった。学問はあまり好まず、喜怒を顔に出さない。」
あんがー。こんな奴おるんか。水野晴郎もびっくりの福耳で、鈴木その子(懐かしい)もビックリの色白である。まあこういう逸話みたいなのはいつでもおおげさになるもんだが、これじゃあまり感情移入できない。ここからは、劉備の顔はタッキーで想像してください。

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さて、ここまで大丈夫だろうか。まだ食いついている人はいるだろうか。ああ、女性たちが遠のくのが見える。まあいい。ここからは男の世界だ!ロマンだ!ロマンスだ!(それは違う)
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白帝城は、その劉備が諸葛亮(しょかつりょう)に全てを託し、息を引き取った場所である。諸葛亮というのはその後の蜀を背負って立った名軍師で、いわゆる天才だった。
劉備が死んだ時点で、この物語の主人公は諸葛亮に代わる。これは子どもながらに衝撃だった。何故か分かるだろうか?
北斗の拳で、ケンシロウが死んでバットが主人公になったらショックだろう。ドラゴンボールで悟空が死んで悟飯が主人公になったらショックじゃないか!
諸葛亮は劉備の意思を引き継ぎ、国を統一するための戦いに出る。しかし夢果たせず、病に倒れやはり死んでしまう。なんなんだ!また主人公死んだ!
諸葛亮の死後、その意志を姜維(きょうい)という男が引き継ぐのだが、その頃には「蜀」は衰退していた。やがて彼も戦いに敗れ、「蜀」という国自体が滅びてしまう。なんなんだ!滅びるなよ!
さらに語るべきは、劉備の血を受け継いだ息子の劉禅(りゅうぜん)である。
劉禅はオバカさんだった。バカ殿だった。父親の血が流れているとは思えないほど、無知で人間的な魅力も無かった。
「蜀」が攻められると、彼は何の抵抗もせずに敵に降伏して配下となり、一生を何の苦労もせずに暮らしたという。なんなんだ!仇討てよ!
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横山光輝の三国志はここで完結する。なんと悲しい終わり方だ。はかない。はかなすぎるじゃないか。
もちろん、歴史モノなのだから、こういう事は当たり前なのだが、「いいもんは必ず生き残ってわるもんをやっつける」という価値観が僕の中でくずれさった。10歳の子どもには酷である。
三国志の物語は、日本人向けかもしれない。日本人は悲劇が好きだ。
日本を統一した家康や秀吉よりも、夢半ばに破れた信長の方を好む。
幕府を作った兄よりも、若くして死んだ義経を好む。
サクサクでホクホクよりも、最後に残ったカリカリのフライドポテトを好む(違うか・・)。
同じように、この劉備という男には魅力がある。福耳おじさんで、猿みたいに腕は長くても人間的な魅力があった。
白帝城にて息を引き取る時、彼は諸葛亮にこう言った。「もし、息子に国を治める力が無かったら、君が息子の代わりに帝位に座って(君主になって)、この国を治めてくれ」と。
諸葛亮はこう返す。「私は、あなたの家来として、自分の命に換えてもその意志を引き継ぐ」と。
中国の歴史というのは、裏切り・反逆の歴史だった。常に前の国を蹴落とす事で続いてきた国だ。しかし、この二人の会話には、そういった気持ちが一切無い。死ぬまで、民衆の事を思い続けた劉備とその気持ちを汲んだ諸葛亮。まるで親子のようで青春ドラマのようだ。
実際に諸葛亮は劉備の死後、言葉通りに死ぬまで戦い続けた。
いい・・・。こういう所が実に日本人好みなのだろう。
昨年、横山光輝先生は亡くなられたが、ありがとうと言いたい。
・・・・・あ、やっぱり語ってしまった!
(おしまい)
+++++++++++++++++++++++++++++++
今回は知ってる事だけに、普通に書きました。三国志って日本人が描くとすごく面白くなるのよね。横山光輝の漫画が面白いのは、歴史より、「人間」を描いているからだろうね。中国人がたまに映像化してるけど、事実を追ってるだけでつまんないのね。ああ、まだ語ってる。
あと、知らない人のために書いておこう、横山光輝は、「魔法使いサリー」や「鉄人28号」「バベル2世」などを描いた偉大な漫画家なのです。
さて、次。どうせなら劉備の死んだ日にしようか。223年の・・・調べても日にちがわからない・・・。
では、敬愛する横山光輝先生の亡くなられた日に。
2004年4月15日 > 2004ページ4段15行 = 「はんみょう」
おお、はんみょう!虫嫌いの僕が、珍しく好きな虫の種類だ。立て続けにいいの引いた。ハ行ばっかりだけど。
次のお題・・・「はんみょう」
- [2005/01/11 15:21]
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