朝起きたら、俺の髪の毛が一本残らず消えていた。
元々薄い方だったので、いつスキンヘッドにしようかと考えていたが、思ったより早くその時が来た。
でも一晩で毛が消えるなんて、仕事のしすぎから来るストレスだろうか。それとも昨日彼女にふられたからか。
それにしても不思議なのは、枕元にも洗面所にも風呂場にも抜けた毛が見当たらなかった事だ。
幸い俺は研究員なので、営業職などとは違ってあまり人とは会わない。たぶんハゲた事は同じ研究室内の部下2人くらいにしかバレないだろう。もうこれから高い毛生え薬を買う必要も無いし、逆にせいせいした、と思いながらも、俺は帽子をかぶって出勤した。
研究員の仕事は、毎朝満員電車に乗る必要もない。夜が遅い代わりに朝もゆっくり出勤できるのがこの仕事のいいところだ。しかし、今日ほどこの仕事をやっていてよかったと思う事はなかった。営業なら毎日客回りがあるので、あっという間にハゲた事が広まってしまうだろうし。
まあ、営業なら逆にそれを武器にもできるかな・・・そういえば今日はいつも以上に乗客が少ないな・・・などと考えていると職場に着いた。
不思議な事に、いつも仕事熱心な部下二人は休みだった。二人揃ってってのはあやしいなあ。どっか二人で遊びに行ってるんじゃあるまいか。まあいい、今日はバレずにすんだのだから。。。
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次の日、目覚めて鏡を見たが、やはり髪は戻ってなかった。それどころか、もっと変な事にきづいた。眉毛が無い。。。不精してのばしていた髭も一本残らず無い。脇毛も陰毛も一本残らずどっかへ行っちまった。なんでだ?何かの病気にかかってしまったのだろうか。。。
近所の皮膚科に入って驚いた。なぜか皆帽子をかぶっている。老若男女患者看護婦問わず誰も彼もが帽子をかぶっているのだ。みんな眉毛もない。少し気味が悪かったが、何か新しいウイルス性の病気でも流行っているのかもしれん。
「あ~。あなたもですか。どうにもこうにも原因不明でねえ。。」
そう言った医者は髪が無かった。
「今日の朝からてんてこまいでねえ。とりあえず毛生え薬出しますから、今日は様子見てください。え?あんたTVも新聞も読んでないの?」
そう言った医者は眉毛も無かった。
「しかし、なんででしょうなあ。テレビによると、この現象はどうやら世界的に起こってるらしいですよ。」
そう言った医者にもし毛があったら、その表情は「眉間にしわが寄ってる」という表現が適切だったかもしれない。
職場に着くと、部下たちが今日は来ていた。どうやら二人とも体毛が無くなった事が恥ずかしくて、職場に来れなかったのだが、今日になって誰もが同じ現象に会ってるという情報を聞いて、やっと来れるようになったという。まあ、こいつらは俺よりも20も年下だから、恥ずかしがるのは仕方ない。
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世の中みーんなハゲになってしまった。どんなに若作りしたジジイもどんなにキレイな女優もみーんなハゲになってしまった。
みんなハゲになったので、みんなハゲであることを恥ずかしがらなくなった。
かつら会社も潰れた。みんなハゲなんだから、そんなもの着けてる方が気持ちが悪いという風潮にまでなった。
ある日、いつものように仕事に向かうと、いつも遠くに見える富士山のてっぺんに毛がこんもり生えていた。
不思議だと思い、じーっと見てると、富士山に隕石が落ちた。いや、落ちずに隕石は毛の力で跳ね返って宇宙に戻っていった。
毛は、体の一部を守るために生えているという。俺の、全世界中の人から集められたあの毛の固まりは、俺たち人間を、いや、地球を守ったのかもしれん。そう考えてたら毛が無くなったことなど、逆に誇らしく思えた。地球を救ったのだから、おそらく明日には全世界の人間に体毛が戻っていることだろう。
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次の朝、俺は卒倒しかけた。全身毛むくじゃらである。頭から爪の先までびっしり毛だらけだ。毛が増えたのはうれしいが、こんなにはいらん。
TVをつけると、ハゲのニュースキャスターがこうつぶやいた。
「未だに毛が生えない人がたくさんいるようでありますが、運良く毛が生えたあなたに政府からのお願いです。現在、数百個の隕石が地球に降り注いでおりまして・・・」
数時間後、俺は生まれて初めて脱毛剤を使った。
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