有頂天ホテル
色々理由はある。
まず、映画館という場所が笑えない。人と全然違うところで笑ったりするので、絶対に浮くからだ。お笑いのライブとかも行きたいが絶対に行けない。
そして、キャスト。役所広司が僕には笑えない。これは、彼の演技が悪いとかじゃなくて、台本がどうとかじゃなくて、全然理屈にもならない生理的な部分なのだと思う。一方佐藤浩市は笑いを取るキャラではなかったのにかなりおもしろかった。
笑の大学という三谷作の映画があったが、この作品はもともと舞台作品で、三谷の舞台で一番おもしろいとの評を聞いていたので楽しみにしてたのだが、全く笑えなかった。これも役所が出てるが、それ以上に主役が稲垣吾郎というだけで僕の中でマイナススタートだった。結局マイナスのままだった。
で、つい最近、笑の大学の舞台版がDVD になっていると知り、早速買った。主役は、西村雅彦と近藤芳正。台詞、構成は90%くらい一緒だった。しかし、めっちゃおもしろかった。
なんでこんなに差があるのだろうと考えたけど、舞台版の二人は、もう笑える雰囲気が十分に出ているのだ。笑わせてくれそうな空気、それを感じるから、こちらも安心して笑えたのだと思う。
そして、同じ作品なら映画より漫画、漫画より小説の方が面白いというのが持論である僕には、やはり映画より舞台だったのかもしれない。
(舞台版といいながら、カメラ数台で撮っているので舞台を見ている感じはしないのだが)
さらに、家で一人で見るから回りに気兼ねが無かった。
実は有頂天〜が笑えなかった理由はこれだけかもしれない。笑の大学だって舞台を生で見て笑えたかはわからない。
有頂天ホテルで面白かったのは、あのシーンとか、あの台詞、とかでなく、西田敏行と生瀬勝久と佐藤浩市。
パルコプロデュース 三谷幸喜作品 オフィシャルサイト
http://www.parco-mitanikoki.com/
- [2006/03/18 00:52]
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M-1 2005
<準決勝>
笑い飯 95
アジアン 80
南キャン 80
チュート 85
ブラマヨ 95
品庄 85
タイムマシーン3号 80
麒麟 95
千鳥 90
<決勝>
麒麟<笑い飯<ブラマヨ
追記(クリックしてください)
今年は大阪吉本ばかりで、しかもテレビで見たことがある人ばかりだったので、他の地方の面白い人を発見する楽しみは無かった。
ブラマヨは、いつもテレビだと顔と髪の毛をイジるようなネタばかりだったので好きじゃなかったけど、M-1用のネタはおもろかった。僅差だけど、一位。
決勝進出者はどれも好きなネタの作り方で好きな漫才。時事ネタも無い、人をいじらない、普段ならどうでもいい事をネタにしている(なぜ昔ますだおかだが優勝したんだろう)。
アホがアホな事に気づいてしまい、どんどん気づいていく過程をネタにしてる。アホまっしぐらな三組でした。
南キャンは、漫才が下手なのがバレたか。アジアンは、たたみかければたたみかけるほど笑いが少なくなるとこがすごい。品庄、感動されても仕方が無い。チュートリアル、M-1ではいつもより面白かったけどいつもこんなもん。タイムマシーン3号、デブ。千鳥、わろた。
一年前、麒麟のボケは100点やけど麒麟は70点と言ったけど、今年は田村にはまってしまった。もっと田村。
来年は笑い飯いいかげん行ってほしいなあ。でもまさかあのネタが決勝とは思わなかった。あのネタで優勝する気やったのか。カッコイイ。
今年は面白かった。決勝出た人全員。
さあ、次はオールザッツ漫才(吉本の年末特番)。この1年ですっかり笑い好きが再燃してしまった。。
- [2005/12/26 03:26]
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うかたま
しかも、その雑誌の内容が日本の食事について書かれていて、ちょうど似たような内容の記事を書こうと思ってたので、なんか偶然だなと思った。
http://ukatama.net/
海外に行って思った事は、その土地で育ったものが一番美味いという事。チェコで食ったチーズやハムはめちゃくちゃ美味かった。しかし、同時に日本の米や魚が恋しくなった。
一番美味いものというのは、他の場所から取り寄せたりしたものではなく、現地で食った方が断然美味いと思うのは僕だけか。
当たり前の事だが、日本人はもっと和食を食わなければならないと思うのだ。
アメリカの牛肉、輸入再開化へ向けて動いている。ほんとに?食いたい?
雑誌の方の「うかたま」の意味はなんなんだろう。まさか浮かばれないタマシイじゃないだろう。でもよさそうな雑誌だったな。
- [2005/12/18 02:14]
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寝ダメ
一応色々あったんですよ。1ヶ月のあいだ。
まず金沢の21世紀美術館に二回も行きました。ポーリン・オリヴェロスという現代音楽家と、テリー・ライリーを見に行ったのです。
特にテリー・ライリーの演奏が素晴らしくて、いいものを見ました。
70歳の誕生日を迎えたばかりのおじいちゃん。サンタクロースみたいな髭でした。
そして、友達の結婚式の二次会でライブ。
喜納昌吉「花」早川義夫「君のために」どんと「ひなたぼっこ」の3曲をやりました。カバーはこんなときにしかできません。
ライブもうまくいって気持ちよくなった僕はガンガン呑んで、そのあと3次会で新郎新婦のホテルの部屋へ行って、さらにガンガン呑んで。。
はい、新婚初夜の部屋のトイレで吐きました。。
そして、車を買うのですよ。中古車ですが。車はいつも知人にもらったりしてたので、こんなデカイものを買うのは初めてです。
今乗ってる車は、すごくボロいんです。
右のサイドミラーに、いつも蜘蛛の巣が張ってあるんですが、取っても取っても次の日にはまた張ってます。
ミラーが見れなくなって、もし事故ったらお前も死ぬんやぞと蜘蛛に毎日行ってます。
新しい車には住み着かないで欲しいです。
えと、あとは、そう、仕事場の直前でシートベルトで捕まりました。(だんだん話題がしょぼくなるな・・)
通勤は車で行ってるんですが、職場はあと100m、もう建物は見えてるのにって場所で、赤くて大きな旗を持ったオッサンが、僕の前に立ちはだかりました。
ひえ〜怖いって。死にたいのか?
僕が闘牛だったら間違いなくひき殺してました。
あとは本職のライブを二回ほどしたり。
そんな楽しい(?)1ヶ月でした。
久しぶりの記事がこんな普通でいいのか。いいのだ。
- [2005/12/04 11:36]
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無題
友人の結婚式の二次会で唄うことにしました。なんか、友達の結婚式とか出た事無くて、今までは考えられなかったけど、唄えそうです。いや、唄いたい。
高校くらいからずっと音楽をやってて、ずっとそれがメインだったんですが、ウカタマ始めて、ああ文章もいいなあと思ってたんです。でも
今はまた別の生きるための事をしていて、そっちもおろそかには出来ないなと思ったり。どれも、完璧にしようとするんですね。で、どれかを完璧にしようとすると、他の事が出来なくなるので、結局どれも中途半端で終わってます。
なんか、やりたいことはどんどん分裂していくんですが、常にどれか一つしか選べないんです。不器用。
でも、器用な人間にはなりたくない。
どんなに変わっていっても、変わらない部分は大切にしたいと思います。
- [2005/10/15 02:15]
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太陽の塔にイン
太陽の塔の内臓の一部になるツアーというのを友人が企画、その好意により参加する事ができたのだ。(通常は旅行代理店を通さねばならない)
万博公園はもう5回くらい来ているが太陽の塔はいつ見ても飽きない。
もちろんいつも外から眺めていただけなのだが、今日はついにその内部に入ることができたのだ。
総勢40人ほどの子どもたちが(大人もみな子どもに帰っていた)お行儀良く塔の肛門部から入る。
入ると同時に僕はしばし呆然となる。
その内壁はマグマを表しているという真っ赤な世界。生命の源だ。そして、塔の中心には生命の樹と呼ばれる巨大なオブジェ。原生動物から魚や恐竜などを経て人間になるまで、生物の進化の過程が樹の形であらわされている。声が出ない。
当時は300体ほどあった生物のオブジェも今や30体ほどらしいが、恐竜(おそらくブロントサウルス)とかめちゃでかい。なんと生物のオブジェはあの円谷プロ制作だとか・・。リアル。
当時の写真とか見ると超サイケなんだけど、照明は当時のものではないそうで残念だったが、万博が終わったら取り壊される予定だったそうなので贅沢は言えない。あと音楽もサイケなのがかかっていたようだ。
実際に当時見た人は幸せだなと思う。
職員の方の説明を聴いていて思った。この説明もいずれ当時のことを知らない人がすることになるのだろう。
この塔はいずれそういった人たちに守られていくことになるのだろう。
しかし、本当に守られていくのかが不安だ。
この塔の面白さをわかる人は確実に減っていく事だろうし、いつかこれを取り壊すという時代が来るかもしれない。しかし、僕たちは全力でそれを阻止するべきだ。
こんなに生命の根源的な力を感じさせる芸術作品は無い。
岡本太郎ありがとう。日本の遺産です。
追記(クリックしてください)
内部の写真は撮影禁止なので、外から撮影。
そっくりで見分けがつかないかもしれませんが、寝てるのが僕で立っているのが太陽の塔です(クリックで拡大)。
太陽の塔
- [2005/09/24 22:57]
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名付け親失格
「浮かばれない君のタマシイ」「myhurt」「辞書連想」などは、思いつくとまずGoogleで検索した。
検索結果が少しくらいならいいが、あまりに多いと止めてしまい、違う名前を考えたくなる。
ベタな名前は嫌いだ。なのに思いついてしまう事が多々ある。
今日考えてしまったのは「地図の読めない男」という記事タイトルだ。
「話を聞かない男、地図の読めない女」という本があるがそのパロディだ。検索してみると250件もあった。しかもブログ系ばかりだったから、これをタイトルにするのはやめた。
この「地図の読めない男」とは他ならぬ僕の事だ。
昨日兵庫の端まで160kmの距離を車で走ってきたのだが、通常下道で3時間ほどのところ、5時間もかかってしまった。道に迷っているのに気づかなかったのだ。
しかも気づいた時にはもう遅く、約束の時間に間に合わないと判断し、途中から高速に乗ってしまった。
一体なんのために下道で行ったのかわからない。
もともと極度の方向音痴で、郊外型の巨大なデパートなどでは、帰ろうと思っても絶対に入ってきた入口から出れず、自分が停めた駐車場と全く正反対の場所に出てしまったりする。
ついでに僕は「話は聞くが時々聞きながら違う事を考えてしまったりするので実のところ聞いていない男」なのだから最悪な人間である。
あと、配布しているテンプレートの「便利ナビ」という名前は失敗だった。
検索すると一万件ほどニセモノが出てくる出てくる。いや、後から考えた僕の方がニセモノなんだが。どうやら、リンク集みたいなサイトに多いようだ。
何故これは検索しなかったのだろう。そう、絶対に評価されないと思ってたからだろう。何にも考えずに登録してしまった。
かといって、何がよかっただろう。今ざっと考えて検索してみたが、
クイックナビ 13,900 件。ナビナビ 2,160 件。超ナビ 186件
と、どれもパッとしない。超ナビは件数も少ないが、わけがわからないからやはり便利ナビでよかったような気もする。
今、「FC2の歩き方」主催のテンプレートコンテストが行われている。
僕のテンプレート[benri-navi_cz_lovers]もノミネートされた。
そのbenriという言葉を見るたびに少し恥ずかしくなる。
もし気に入った方がいれば投票して欲しいが、名前がダサいという意見もあって仕方がないと思う。まあ、ほんとに便利だしいっか。
FC2ユーザでなくても投票できます↓
FC2ブログの歩き方 blog branch
- [2005/09/17 22:42]
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浮輪族
しかし唯一、琵琶湖から水が出て行くのが瀬田川である。
瀬田川は大阪湾につながっており、京都へ入ると宇治川、大阪に入ると淀川と名前が変わる。成長するたびに名前が変わっていく出世魚ならぬ出世川である。
瀬田川は渓谷を縫って走り、流れに勢いもあってなかなか迫力がある。
今日、そこで珍しく浮輪族を見た。
浮輪族は、その自慢の体内浮輪で、結構な急流である瀬田川を群れをなして渡る。
普段はめったに見れないのだが、日曜日だったのが幸いしたのか、運良く見る事ができた。
浮輪族とは
浮輪族は、基本的に川の流れに身を任せている。流れが急になるところでは、ボコボコと突き出た岩に接触してしまいそうになることも多い。しかし、それをうまく乗り越えるところに彼らは興奮するようだ。
その時、彼らは必ずキャーとかウオーという鳴き声を放つ。
浮輪族の生態は謎に包まれているが、もともと人間だったという説もある。
「鳥人間コンテスト」という自作の飛行機で琵琶湖上を飛ぶという番組があるが、それで墜落したパイロットが進化してそのまま浮輪族となったという説だ。
彼らは、琵琶湖に落ちたが助けられず、湖上で何十年と生活を続けているうちに、自然と体内の浮輪が発達した。琵琶湖では今、ブラックバスよりも浮輪族の繁殖が問題になっているほど彼らは増えつづけている。
そんな彼らの一部が誤って瀬田川へと流れ込んでしまうのを、僕らはたまに見かける事ができるのだという。
この話を聞いて、僕はほとんど信じられなかったのだが、今日、彼らが全員ヘルメットをかぶっているのを見てその説は正しいと確信した。
今日見た浮輪族は、群れをなして流れていたが、なぜか途中で分裂してしまった。どうやら仲たがいをしたようだった。
一人の浮輪がもう一人の浮輪に「浮かれてばっかりいるんじゃねえ」と怒号を発していたように聞こえた。
何十年の間、湖上に浮かんでいた彼らも未だ人間の言葉を覚えているようだ。
浮輪族の生態は今後解明されるべきである。
- [2005/09/12 02:15]
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だからイトウだ
その前日、友人のお葬式に行ったので、それどころじゃなかったがだいぶ落ち着いてきた。
彼ともっと親しかった人は、きっとまだ落ち着いていないだろう。
僕はその人に話す言葉を持っていない。何も言ってあげられない。
だから誕生日というキーワードで思い出した、全く関係無いことを書く。
中学の時、イトウ先生という新人の先生がいた。
理科の先生っぽくヒョロッと色白で、頼りなさそうな男の先生だった。
イトウ先生は、最初の授業で緊張しすぎてロボットみたいになった声でこう言った。
「イトウだ。よろしく。僕の誕生日は1月10日、だからイトウだ。」
おい先生、「だから」じゃないだろうと思った。かといって、「そして」でも「つまり」でもおかしいから、やはり「だから」で合ってたのかもしれない。
イトウ先生は、まだガキの僕達には頼りなかったが、友達のような感覚があった。彼は理科の授業でもその頼りなさを発揮していた。
水で満たされたフラスコに気体を発生させ、その気体中に火のついたマッチ棒を入れたらどうなるかという実験を、彼が実演した。その発生した気体は二酸化炭素で、マッチの火は容器の中で消えてしまう、というのがその実験結果だ。
「みんな、よく見ておくように。それじゃあ、マッチの火を入れるよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おかしい、火が消えない。いくら待っても消えない。おそらく、二酸化炭素は空気中に逃げてしまったのだろう。
理科では初歩中の初歩であるこの実験を彼は失敗した。
先生は沈黙したままで固まっている。僕たちは固唾を飲んで先生の言葉を待った。
やがてイトウ先生は何を思ったのか、そのマッチをフラスコの水にジュッとつけてこう言った。
「・・・ほら、消えた」
クラス全員で「おい!」と突っ込んだのは言うまでも無い。
イトウ先生は頼りなかった。でも、こんな先生はいた方が学校は面白い。
- [2005/08/28 19:19]
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はじめてのおつかい 〜墓参り編
いつも連れて行ってもらっていたので、初めて一人で車を走らせて行ってみた。
琵琶湖の最北の方まで、湖岸道路をひた走る。琵琶湖も北の方に来ると、対岸が見えないので海そのものだ。デカイ。
墓地の場所は大体聞いていたので、適当に走っていると着いた。
水を汲み、記憶が残っている場所へと歩く・・・が、わが家の墓が無い。探し回っていると強い夕立が降って来て、さらに傘を車に忘れていたのでずぶ濡れになる。たぶん、久しぶりに来てしかも墓の場所がわからなかったから怒られたんだと思う。しかもやっと見つけた墓は、記憶とは真反対の場所にあった。すみません。合掌。
子どもの頃はおじがこの近くで仕出屋をやっていて、魚の匂いがよくしていたが、その建物は今はもう無く、ただ木が生い茂っているだけだった。
その土地の端に、子どもの時に畏怖の念を抱いていたものが変わらずそこにあった。高さ3mほどの軍人さんの石碑だ。誰かは知らないが、この土地の人だったのだろう。
この石碑は時々夢に出てくる。初めて手を合わせる。畏敬の念に変わった。
終戦記念日。
近くを散歩をする。よく連れて行ってもらった駄菓子屋は閉店していたが、風景そのものはそんなに変わりが無い。
祖母の家は売られてしまって他人の持ち物なので、外から見るだけだが、部屋の中を想像すると懐かしさがこみ上げてくる。
うっそうと茂った森、大きくてすぐ近くに見える連なった山々、ひたすら続く緑色の田んぼ、小さいが趣のある神社。
こういうのを原風景と呼ぶのだろうか。
今日来るまで忘れていたが、今でもよく夢に出てくる風景ばかりだったのだ。
自分のルーツを再確認。
- [2005/08/16 03:14]
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